札幌地方裁判所 昭和45年(行ク)8号 決定
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔決定理由〕一件記録によると、申立人は、昭和一三年四月二〇日申立人の本籍地である韓国慶尚北道開慶郡で父在云、母永説の長男として出生したが、高等学校を卒業後勉学の目的をもつて昭和三一年六月一日正式な入国の手続を経ずに本邦に入国し、近幾予備校等を経て昭和三四年四月早稲田大学第一政経学部政治学科に入学し、昭和三八年三月同大学を卒業後同年四月同大学院の大学院政治学研究科(政治学専攻)に入学し、以後比較憲法(政治制度論)の研究を続け、昭和四四年三月修士課程を終了したこと、この間、申立人は、昭和三六年四月四日法務大臣から一年間の特別在留許可を得た後昭和四五年一月八日に至るまでの合計一四回に亘る在留期間の更新を得たこと、ところが、昭和四四年一二月二六日に申立人が「父在云が事業経営のため韓国に帰国しているので、しばらく申立人が本邦に留らないと父在云の本邦における事業(札幌市北二条西三丁目一番地の一八所在株式会社オメガの経営)の継続が不可能になる。」旨の理由を付してなした在留期間更新の申請に対し、法務大臣は、昭和四五年一月七日不許可処分をなしたこと、その後、……法務大臣の異議申出棄却の裁決を経て同年五月二五日被申立人より申立人に対する退去強制令書が発布されたので、申立人は同年八月二四日法務大臣のなした異議棄却の裁決と被申立人のなした退去強制令書発布の各処分の取消を求める訴を提起したこと(このことは当裁判所に明らかな事実である。)が認められる。
ところで、法務大臣は、異議申出に理由がないと認めた場合でもなお特別の事情が認められるときは在留を許可することができるのである。そして、その判断は務法大臣の自由裁量に委ねられているとはいえ、その者がおかれている諸般の事情を総合考慮したうえで慎重になされるべきであり、もし、著るしく裁量権の範囲を逸脱した不当な裁量がなされれば、それは違法な行政処分というべきである。しかして、記録によれば、法務大臣は、申立人の「本邦の大学における勉学」という希望を容れて申立人に対し特別在留許可をしていたものと推測され、申立人の右在留目的は昭和四四年三月申立人が大学院修士課程を終了した時点において一応達せられたとみることができるものの、申立人は、その後も本邦において大学院で習得した研究を前記大学院の教授らの指導の下に続けることを望んでいるうえ、現在では父在云が韓国において設立した二つの株式会社の営業準備のため韓国に滞在する期限が長いので、右研究にあわせて、留守中の父に代つて前記株式会社オメガ(申立人は同社の取締役である)の経営にあたる必要上引続き本邦に在留することを強く希望するに至つていることが認められる。申立人のこのような願望も無理からぬものがあると思われるし、これまでの長期に亘る在留期間を無事過ごした生活態度からみれば申立人を今後本邦に在留させても我国にとつて直ちに不都合な事態が生ずるものとも考えられない。これらの事情を彼比勘案すると、単に在留期間を徒過したとか、在留目的が変つたからといつて、これまで長期に亘つて申立人に対し認めてきた在留許可を継続しないとの措置をとつたことの適否は、なお慎重に検討しなければ容易に判断できないものであり、結局、本案における審理を経ない限り、被申立人の退去強制令書発布処分およびその前提となる法務大臣のなした異議申出棄却処分が適法であるとは軽々に断じ難い。従つて、本件申立が本案につき理由がないとみえるとはいえない。
次に、本件の場合、被申立人が退去強制令書に基づいて申立人に対し今後も収容を続け、更に送還の手続におよぶ場合を想定すると、申立人の本邦の在留目的は達せられないことになるし、加えて、満足に本訴を遂行することすら殆んど不可能な状態となり、申立人が回復し難い損害を被るであろうことは明らかである。他方、申立人を早急に本国へ送還しなければならない事情、あるいは、申立人を身柄確保のために現在収容しなければならない事情を認めるべき資料はないのである。従つて、本件においては申立人に生ずべき右損害を避けるための緊急の必要があるものといわざるを得ない。
なお、記録によると、申立人の妻子が韓国に居住していることが認められるが、この事実も右判断を左右するに足るものとは言い難い。
よつて、本件執行停止の申立は理由があるので認容する。(松野嘉貞 鈴木康之 岩垂正起)